うつ病の架空症例

32歳の男性。
取引先のトラブルで悩んむようになった、2ヶ月前から不眠がちになった。

寝付きはよいが、眠りが浅く夢が多い。時計ばかり気になり熟睡できない。朝まだ暗いうちから目が覚めてしまう。

食欲がなく、無理して食べているが、体重が3キロも減った。

少し動いただけで疲れやすく、性的な関心が少なくなっている。

1ヶ月前から何事に対しても根気が続かず、億劫になった。

仕事に前向きになれず、やる気がしない。

以前ならてきぱきこなしていた案件にも迷って決断がつかない。

妻と一緒に始めた趣味のテニススクールにもしばらく出かかけていない。

朝起きて背広に着替え会社に向かうまでに、大変な努力がいる。とくに午前中は気が滅入り。弱気になりさみしくなる。

支店のみんなに迷惑をかけているとの思いで胸をしめつけられる。

会社のお荷物になってしまったなどの焦りが強く、不安でいたたまれない。

妻とともに精神科を受診し、うつ病と診断された。

仕事に出なければという焦りはあったが、医者と妻から休養を勧められ1ヶ月休職することにした。

抗うつ薬を中心とした治療で徐々にうつ症状は軽減しだいぶ日常生活は送れるようになったが、意欲の回復が不十分だったため、もう一ヶ月休むことなった。

一ヶ月後には十分回復し、復職した。通院は続けている。

うつ病とは(要約)

以前は「心の風邪」というコピーで広告されたことがあります。

確かに多くの人がその病気にかかる可能性があるという意味ではその通りでかもしませんが、日常生活への支障が大きいこと、自殺につながること、再発しやすく罹病期間が長くなる場合もあることなどからは決して風邪と呼べるほど軽い病気ではありません。

うつ病では以下のような症状を認めます。

  1. 気分の落ち込み、さえない感じ(抑うつ気分)
  2. 元々好きだったことをしたいと思わなくなった、やっても楽しむことができない(興味関心の低下・喜びの喪失)
  3. 朝早く目が覚めてしまう、寝つきが悪い(睡眠障害)
  4. 食欲がわかない、もしくは、食べすぎてしまう(食欲不振か過食)
  5. 頭の回転や決断力が鈍くなった、会話が減った、イライラして身の置き場がない(精神運動性の抑制か焦燥)
  6. すぐに疲れてしまう、何もやる気が起きない(易疲労性·気力減退)
  7. 物事に集中できない、力が落ちた(思考力・集中力の減退)
  8. 自分には価値がない、生きている価値がないと感じる(無価値感)
  9. 死んでしまいたい、消えてしまいたい(自殺念慮)

このような多彩な心身の症状が、一日中、ほぼ毎日、少なくとも2週間以上持続するのが特徴です。

その他何らかの身体症状はほぼ必発で、性欲・物欲などの欲動の減退もほとんどの患者に認められます。不安、絶望感、心気症状も多くの患者で認められます。

精神療法や抗うつ薬により治療します。

うつ病の原因

大うつ病性障害の病因はまだよくわかっていませんが、親や兄弟、子供にうつ病の患者さんがいると、うつ病になる確率が一般人口の 1.5-3倍になるという報告があり、遺伝性が指摘されています。

抗うつ薬の作用機序から考えると、脳内のセロトニン、ノルアドレナリン神経伝達の低下がうつ病の原因で推定されますが、直接的な証明はなされていません。

しかし、いずれにしても脳 内でセロトニンあるいはノルアドレナリンの細胞外濃度を増加させることが抗うつ作用に つながると考えられます。

うつ病患者さんの病前性格

患者の病前正確の傾向として、外向的もしくは内向的か、几帳面かどうか、周囲の人に気をつかってしまうタイプか (他者配慮性) 、他人の評価を気にするか(対人過敏性)などに加え、元々明るく活発かどうか (発揚性) 、気分の波があったかどうか (循環性) 、出来事によって気分が変わりやすいかどうか (気分反応性) の確認は重要です。

受診時点で「抑うつ症状」 が見られる患者であっても、発揚性(疲れ知らずでパワフル、非常に陽気など)・循環性(気分の波、意欲の波が大きい)・気分反応性(状況によって気分が影響されやすい)が元々強ければ、双極性障害の可能性も考慮する必要があります。

うつ病になるきっかけ

個人・家族に関する出来事職場などに関する出来事
・近親者や友人の死亡
・病気、事故
・家庭内での問題
・結婚、妊娠、出産、月経
・引越しなどによる環境の変化
・定年
・家庭の経済問題
・職場の移動  (転勤、配置転換、転職など)
・昇進
・退職(リストラも含む)
・職務内容の変化
・仕事上の失敗
・病気による欠勤と再出勤
・昇進試験や研修

うつ病の疫学

日本人の約17人に一人が生涯のうちにうつ病にかかるとされる。

男性よりも女性の方が発症しやすいです。(世界精神保健日本調査セカンド

うつ病の経過

うつ病は再発しやすい病気です。

初回エピソードの大うつ病患者の約 60% は2回目のエピソードをもち、2 回目3回目のエピソードをもった患者が、それぞれ3回目、4回目のエピソードをもつ可能性は70%、90% と再発すればするほど次回の再発率が上昇します。

初回エピソードの大うつ病患者の 5-10% は双極性障害(躁うつ病)に診断が移行します。

大うつ病患者の 10-20% は複数の抗うつ薬治療の工夫にもかかわらず長期に症状が遷延し、社会的障害が続きます。

うつ病と自殺との関連

うつ病の患者さんの一般人口に比べた自殺のリスクは、うつ病の外来患者で約 5 倍といわれており、入院歴がある重症患者ではさらに上昇します。

うつ病の治療

抗うつ薬を中心とした薬物療法の他に精神療法や状況因への介入、作業療法、軽度の運動などを治療に取り入れます。

抗うつ薬は服薬初期に服用が出やすい一方で、2週間程度経過してからでないと効果がでてきません。

第一選択の抗うつ薬は性別、年齢、合併する身体・精神疾患、併用薬を考慮して選択します。

基本的には抗うつ薬を単剤で少量から開始し、副作用と効果をみながら増量します。

抗うつ薬の種類

抗うつ薬にはSSRI、SNRI、NaSSA、三環系抗うつ薬など複数種類あります。2019年12月からS-RIM(エスリム)という新しい機序の抗うつ薬が発売されました。

SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害)

【SSRIの作用機序】

脳内でセロトニンの再取り込みを阻害しセロトニンの働きを増強することで抗うつ作用などを発揮します。

【SSRIで出現しやすい副作用】

服薬初期に吐き気、嘔吐、便秘、下痢、食欲不振などの消化器症状が比較的見られやすいが、2〜3週間前後で軽減、消失する傾向があります。
18才未満のパロキセチン服用患者で情動不安となった報告があります。

【主なSSRIとその特徴】

ジェイゾロフト
 口腔内崩壊錠があり、嚥下機能の低下した患者などでも服用しやすい
 パニック障害、心的外傷後ストレス障害などに使用される場合があります。

デプロメール / ルボックス 
デプロメールとルボックスは同じ薬です。
 社会不安障害や強迫性障害などに使用される場合があります。

パキシル(普通錠・徐放錠剤(CR))
パニック障害や強迫性障害などに使用される場合もある
 徐放錠は普通剤に比べ体内でゆるやかに吸収され、血中濃度の変化が比較的小さい特徴をもつため、投与初期の副作用発現の軽減などが期待できます。

レクサプロ
 一般的に、副作用による中止が少ないこととと有効性が高い薬とされています。

 

SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)

【SNRIの作用機序】

脳内でセロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害しこれらの神経伝達物質の働きを増強することで抗うつ作用を発揮します。

【SNRIで出現しやすい副作用】

下痢 、 倦怠感 、 傾眠 、 頭痛 、 めまい 、 悪心 、 食欲減退 、 口渇 、 便秘

【主なSNRIとその特徴】

サインバルタ(デュロキセチン)
特徴:うつ病以外に糖尿病性神経障害、線維筋痛症、慢性腰痛症、変形性関節炎などに伴う痛みに対しても適応があります。

イフェクサーSR (ベンラファキシン)
通常、1日1回服用する徐放性製剤。 用量が低用量では主にセロトニン系に作用し、高用量ではセロトニン系とともにノルアドレナリン系の作用がより高まるのが特徴です。

 

NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)

【NaSSAの作用機序】

脳内でノルアドレナリンの遊離を促進したり、セロトニンの働きを改善することで抗うつ作用を発揮します。

リフレックスとレメロンがありますが、成分は全く同じ薬です。(発売元がちがうだけです。)

【NaSSAで出現しやすい副作用】

 体重増加 、 倦怠感 、 傾眠 、 浮動性めまい 、 頭痛 、 便秘 、 口渇

【NaSSAの特徴】

眠くなる副作用を利用して、不眠を伴ううつ病などに対して使われやすいです。
食欲増進や体重の増加などの副作用には注意が必要です。

 

S – RIM(セロトニン再取り込み阻害・セロトニン受容体調節薬)

【S – RIMの作用機序】

脳内でセロトニンの再取り込みを阻害することに加えて、セロトニンの受容体を調節することで抗うつ作用を発揮します。また、セロトニンだけでなく、ノルアドレナリン、ドパミン、アセチルコリン、ヒスタミンの遊離を促進します。

このジャンルの抗うつ薬はトリンテリック(ボルチオキセチン)のみです。

【S-RIMの主な副作用】

下痢 、 傾眠 、 頭痛 、 めまい 、 不眠症 、 悪心 、 便秘 、 嘔吐

 

 

【うつ病の関連記事】

参考文献
今日の精神疾患治療指針 第1版 医学書院
カプラン 臨床精神医学テキスト 第3版 MEDSi
日本うつ病学会治療ガイドライン II.うつ病(DSM-5)/ 大うつ病性障害 2016

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