解離性健忘の架空症例

45歳の会社員の女性。
幼少期に父親からの虐待を受けたことがある。

診察時、今が 12年前の日付であることを主張し、過去12年間にあった出来事も、最近の出来事も思い出すことができなかった。

彼女は自分の記憶と現在の環境との間に横たわる矛盾に戸惑っていた。会社の営業成績でトップをとり表彰されたエピソードも思い出せなくなっていた。

記憶は本人がそれに耐えられるようになれば戻ること、それは一夜の眠りのうちに起こるかもしれないし、もっと長い時を必要とするかもしれないと医師から説明を受けた。

解離性とん走の架空症例

15歳の少女。
先輩からホテルで強姦された後、突然ホテルを飛び出した。

電車で移動し、通りを歩いたが側から見て不自然なことはなかった。

およそ8時間後、彼女は夜間巡間中の警官に呼び止められた。質間に対し、彼女は起こったばかりの出来事も、現在の自分の住所も思い出すことができなかった。

離人感・現実感消失症の架空症例

22歳女性。
子どものころ、両親の間で頻繁に激しい口論が起き、定期的に身体的な争いになるのを耳にしたり、目撃したりしたためたびたび強い不安におそわれていた。

大学のセミナーに出席中、自分が話しているのに話しているのが自分でないように感じられ戸惑ったことがあった。

その時は「話しているのは一体誰?」 という感じで、ちょうど誰か別の人が話しているのを見物しているような感覚であった。

気分は落ち着いていて、平穏な感じでさえあった。あたかもずっと 遠く離れているようで、その部屋の後ろのどこかで ちょうど自分自身を見守っている感覚でった。

この感じはその日の間ずっと続き、翌日まで残ったが、そのうち次第に消えていった。

彼女は、高校の時にも似たような体験をしたことを、その時思い出した。

解離性障害とは(要約)

大きな事故や災害など衝撃的な出来事の体験や目撃などの極度のストレスがかかったり、幼少期の虐待、耐えがたい心理的葛藤により、記憶や知覚、自分は自分であるという感覚(同一性)が一時的に失われた状態を解離性障害と呼びます。

解離性障害には4つのパターンがあります。

  1. 一部の記憶や全ての記憶など記憶がなくなる(健忘)
  2. 知らない間に場所を移動する(とん走)
  3. 生活の現実味がなくなる(離人症)
  4. 人格が分離する(同一性障害、多重人格)

また、解離性障害と同じような機序で身体や感覚に症状が出た場合は転換性障害と呼びます。転換性障害では、声が出せなくなったり(失声)、けいれんがおきたり(転換性けいれん)、視野が障害されたり(心因性視野障害)しますが身体医学的には異常を認めません。

解離性障害と転換性障害を合わせてヒステリーと呼ばれていた時代もありますが、この呼び方は最近はあまり使われません。

治療は安全な場所を確保し精神療法などによりストレスや心理的葛藤を軽減していくことで、症状も一緒に軽減していくとされています。

不安感や抑うつ気分を認めることがあり薬物療法を併用することがあります。

解離性障害の分類

解離性障害は、通常は統合されている意識、記憶、同一性(自分は一人であるという感覚)または知覚の機能の混乱を特徴とします。

解離性健忘は、大事な個人情報の記憶を思い出せなくなるのが特徴です。

解離性とん走は、突然家を出て遠くへ行ってしまうのが特徴で、大抵は移動中のことは覚えていません。

解離性同一性障害は以前は多重人格と呼ばれてもので、本来は一つであるべき人格が2つまたはそれ以上に分かれてしまったものです。

離人感・現実感消失症のは、(自分の体が自分のものではないような感覚や、現実感がなくなり夢を見ているような感覚、出来事を俯瞰してみているような感覚が持続したり、繰り返し体験するのが特徴です。

解離性障害の頻度

解離性健忘は100人に2〜6人ほど体験すると言われています。発生率に男女差はなく、一般的に青年期後期か成人期に始まります。

離人感や現実感消失を一時的に体験することは、健常者でも患者でも非常によくあります。これは、 「抑うつ」そして「不安」に次いで3番目に多い精神症状とされます。

解離性とん走と解離性同一性障害のデータは乏しいですが、とん走は男性の報告が多い一方で、同一性障害は女性に多いと言われています。

解離性障害の原因

いずれの障害も戦闘や震災、強姦など生命の危機に直面する体験や、幼児期の虐待が関係していると言われています。

解離性障害の経過

解離性健忘は安全なところに一旦移ってしまうと、自然に寛解することが多いです。

解離性とん走も比較的短時間で、数分から数日であることが多いです。

離人感は心的外傷となった場所から離れると、自然に寛解します。しかし、離人症では、離人感が繰り返し起こり、慢性的な経過をとる場合があります。

解離性同一性障害が未治療の場合、どのような自然経過をたどるかほとんどわかっていません。

解離性障害の治療

精神療法や抑うつ症状がある場合は抗うつ薬などを用いて治療します。

参考文献
今日の精神疾患治療指針 第1版 医学書院
カプラン 臨床精神医学テキスト 第3版 MEDSi
現代精神医学 改訂第11版 金原出版

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