自閉症スペクトラム障害の架空症例

35歳の男性。
母の妊娠中に問題はなく、満期産の正常分娩。

母乳栄養で飲みは良好、定頸や始歩を含めて身体発達は正常だった。

人見知りや後追いは認めなかった。

離乳や言語発達は順調で、身辺自立の遅れも認めなかった。

呼びかけで振り向き、視線も合い、 2歳過ぎには指差しも認められた。

小さな頃から大きな音や犬の鳴き声などに敏感で、耳ふさぎをした。

偏食も激しく、きのこなど柔らかい食感のものは吐き出していた。

保育園では、一人遊びが中心で、誘われれば一緒に遊ぶ程度の関わりであった。

多動は認めなかったが、予定が急に変更になったときや自分の思い通りにならないときに癇癪を起こすことがあった。

乗り物に強い興味をもちミニカーを一列に並べることに没頭し、5歳頃には多くの駅名を暗記していた。

また、他の子供に一方的に鉄道の話をして驚かれることがった。

小学校では、算数が得意だったが、国語の読解力、作文や漢字の書き取りが苦手だった。

中学の時にはいじめも経験したが、その頃関心を持ったカードゲームのカードをたくさん集めていたことと、ゲームに関する正確で豊富な知識があったため、カードゲーム同好会では重宝され本人の居場所となった。

中高一貫だったため、高校でも同好会の仲間と過ごすことができ、卒業した。

大学の進学に伴い他県で一人暮らしを始めたが、大学では挨拶をすることもなく話し相手はできなかった。

休校や補講、試験に関する情報が入りにくく、試験の結果が振るわなくなった。

徐々に気分が落ち込み、夜眠れなくなったとのことでメンタルクリニックを受診した。

うつ病と診断されたほか、自閉症性スペクトラム障害も疑われ検査を受けることになった。

自閉症スペクトラム障害とは(要約)

自閉症スペクトラム障害は、以前は広汎性発達障害と呼ばれていたもので、神経発達症候群に含まれます。

診断のための中心となる症状は、「社会的コミュニケーションの障害」と「限定された反復的な行動」の二つです。

補足:
 以前はこの2つに加えて、三つ目の項目として「言語の発達と使用の障害」が入っていました。
 そして、「言語の発達と使用の障害」の特徴がないものをアスペルガー症候群と呼んでいました。

 しかし、最近は『自閉スペクトラム障害は別々の疾患ではなく繋がっており(連続性モデル)、症状にばらつきがあるのは障害固有のものである』と考えられるようになり、3つ目の項目は外され、アスペルガー症候群という診断名も使われなくなりました。

社会的コミュニケーションの障害の例

  • 身振りや表情を読み取れない
    • コミュニケーションを取るときに視線があいづらい
    • 言った通り(字義通りに)に受け取るので冗談がわからない
    • アイコンタクトをしても理解できない
  • さじ加減がわからない
    • 「適当」や「ちょっと」と言われても、どの程度が「適当」なのかがわからない
    • そのため、そのような指示をされると混乱して固まってしまったり、状況を考慮せずに「過剰に丁寧」「過剰に雑」な処理をしたりする
  • 対人関係や社会関係などを理解しづらい
    • 上司に対して適切に敬語が使えない、友達のように接してしまう
    • 逆に同年代の人だとどのように接していいかわからなくなってしまう

 

限定された反復的な行動の例

  • 単純な常同運動
    • 手を叩く、指をはじく、首を振る、くるくる回る
    • 同じ場所を行ったり来たりする
  • 反復的な物の使用
    • 小銭を回す、おもちゃを一列に並べる
  • 反復発語
    • 耳にした言葉のをそのまま繰り返す(オウム返し)
    • 同じ質問を繰り返す

 

自閉スペクトラム障害は、典型的には生後2年以内に明らかになり、重症の場合は生後1年以内であっても、発達の過程でみられるべき対人関係への興味の欠如がみられます。

乳幼児時期からみられる注意すべき兆候

  • あやしても目が合わない、反応が乏しい
  • 指さしをしない
  • 手を振って「バイバイ」する時、手のひらを自分に向ける
  • 人見知りや親の後追いをしない
  • 言葉を話すようになっても、セリフを棒読みするような話し方、妙に大人びた言葉遣いをするなど、不自然
  • ごっこ遊び、お人形遊びをしない
  • 偏食(特に、「さらに盛られた焼き鮭は食べるけど、ご飯に乗せて出すと食べない」など変わった偏食)

症状がより軽微であれば、自閉スペクトラム症の中核となる障害はさらに数年経つまで気づかれないこともあります。

自閉症スペクトラム障害の病因

遺伝子や環境因のどちらも障害と関係があるということが定説ですが、まだ具体的には特定されていないません。

以前は、親の情緒的な因子が自閉スペ クトラム症の発症に関わっているという推論もありましたが、現在でははっきりと否定されています。

自閉症スペクトラム障害の頻度

全人口に対して、およそ100人に1人と言われており増加傾向です。

女性に比べ男性に数倍多いです。

知的障害がない人に限定すると、さらに男性の割合が多くなり、診断闘値に達しない診断前の自閉症スペクトラム障害はさらに多いと想定されます。

家族に自閉症スペクトラム障害の方がいると、発症しやすくなる傾向があります。

自閉症スペクトラム障害の経過

1歳代にはすでに徴候が認められると言われ、その基本的特徴は成長とともに軽減することおはありますが大人になっても特徴が残ることが多いです。

周囲が気づかず適切な対応が遅れると、子どもによっては問題行動が発展しトラブルを起こしたり、不安から不登校やひきこもりになるなど人生に に大きく影響することがあります。

一方で、予後がいいケースもあり、障害を高い能力で代償し、特殊な才能を生かして高いQOL(人生の質)をもって暮らす人もいます。

自閉症スペクトラム障害の治療方針

ASDを治癒させたり、ASD 特性そのものを軽減する治療は存在せず、薬物療法も例外であえりません。

ASD 治療の目的は、ASDのある子どもが不適応をきたさず、むしろASDに伴う強みをうまく生かしながら、自尊心を損なうことなく成長し、自 己実現を達成できるよう支援することで、成育的な視点が大切です。

しかし、ASDに伴う関連症状 (かんしゃく、こだわり、不注意、多動性-衝動性、チック、抑うつ気分や気分変動、睡眠障害など) に対して薬物療法は、 一定の効果を示すことが知られており、適応状況の改善や生活の質の向上させ、さらには発達面に好ましい影響を与えうります。

自閉症スペクトラム障害の薬物療法

新規抗精神病薬

リスペリドンやアリピプラゾール、ASDの易刺激性 / 興奮性に対する有効性が示されており、「小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性」に対して保険適応となっております。

注意欠陥・多動症候群治療薬

ASDに不注意、多動性-衝動性が高頻度に併存することは知られています。ASDに併存するADHD に対しても、アトモキセチン(ストラテラ)やグアンファシン(インチュニブ)などのADHD治療薬の効果が期待できます。

参考文献
今日の精神疾患治療指針 第1版 医学書院
カプラン 臨床精神医学テキスト 第3版 MEDSi
研修医のための精神科ハンドブック 第1版 医学書院
精神科治療学 第30巻 増刊号 精神科治療における処方ガイドブック 星和書店

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